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−関東大震災時の朝鮮人虐殺を否定するネット上の流言を検証する−

20分でわかる「虐殺否定論」のウソ

All the lies in “denial of massacre” revealed in just 20 minutes.

その1「朝鮮人虐殺」は歴史学の常識

保守派の歴史学者であっても、関東大震災時に多くの朝鮮人が流言によって虐殺されたことを否定する人はいません。

虐殺の史実は、学問の世界では左右の政治的立場を超えた「常識」として確定しています。

内閣府中央防災会議の専門調査会が自民党政権下の2009年にまとめた関東大震災報告書でも、朝鮮人虐殺については詳しく記述されています。

 

◉教科書にも載っている日本近代史の基本知識

ネット上で「虐殺否定論」を主張する人々のなかには、関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺という話が、最近になって「韓国」やら「反日サヨク」やらが言い出した主張であるかのように理解している方が多くいます。しかし、もちろんそんなことはありません。朝鮮人虐殺の史実は、歴史学をはじめとする学問の世界では昔から「常識」です。中学の教科書にも載っており、日本近代史の基本知識に属することです。

 

たとえば、岩波新書の「シリーズ日本近現代史」のなかの、大正時代を扱った本でも、朝鮮人虐殺の話は出てきます。

 

「震災直後には、情報の不足から「大津波が来る」「大地震が再来する」などの流言が飛び交った。しかし、深刻な事態を惹き起こしたのは「朝鮮人」に関するデマである。早くも9月1日午後3時ころに、「社会主義者及び鮮人の放火多し」という流言があり、「不逞鮮人来襲すべし」「井水を飲み、菓子を食するは危険なり」とのデマがひろがったという(警視庁『大正大震火災誌』1925年)。(略)東京の住民はデマを疑わず、地域ごとに自警団を結成し、親族や知人の安否を尋ねて行き交う人びとを詰問し、朝鮮人とみなすや、持っていた鳶口(とびくち)により虐殺した。のちに吉野作造や金承学が調査を行い、正確な数は不明ながら、虐殺された朝鮮人は6000人を越えると推定されている。また、近年では、軍隊による朝鮮人の虐殺があったことも史料的にあきらかにされた」

(成田龍一『大正デモクラシー』岩波新書、2007年、p.166)

 

◉保守派の歴史学者も虐殺について記述

岩波書店の本だけでは信用できないという人もいるかもしれませんから、他にもいくつか引用してみましょう。

「関東大震災による極度の混乱の中で、この機会に乗じて朝鮮人が立ちあがり暴動を起したというデマがどこからともなく広がり、的確な情報を失っていた民衆の間に受け入れられていった。朝鮮人や社会主義者が放火をしている、井戸に毒を投げ込んでいるといったまったく根拠のないデマは、異常な心理状態に陥っていた被災民に信じられ、各地で自警団を組織し、朝鮮人をみつけると捕らえたり殺したりするという驚くべき事態が発生した。その結果、ほぼ6000人といわれる朝鮮人が殺されたといわれる」

(『日本歴史大系5近代Ⅱ』山川出版社1989年、伊藤隆「第3章 中間内閣と政党内閣」p.250)

 

これを書いたのは、伊藤隆・東京大学名誉教授。「新しい歴史教科書を作る会」の理事として、保守系の教科書を執筆した人です。現在も、フジサンケイグループ(産経新聞の版元)の子会社である育鵬社の歴史教科書製作に参加しています。当然、育鵬社の教科書にも関東大震災時の朝鮮人虐殺は登場します。記述の内容や量には幅がありますが、中学の歴史教科書7社のうち、朝鮮人虐殺に言及していないのはさらに極端に右翼的な自由社だけです。

 

もうひとつ、紹介しておきましょう。

 

「東京は無政府状態に陥り、その中で朝鮮人が井戸に毒を入れたなどというデマが広がり、多数の朝鮮人が殺されるという悲劇が起こった。その数は千を超えるといわれている。治安維持のため、戒厳令が布かれたが、責任を果たすべき警察や軍隊が違法な行動をした。朝鮮人のほかに多くの中国人も殺された」

(北岡伸一『日本の近代5 政党から軍部へ 1924~1941』中央公論新社、1999年)

 

北岡伸一さんも東大名誉教授で、保守系の歴史学者として有名な人です。最近では、安倍首相の肝いりでつくられた「安保法制懇」で座長を務め、集団的自衛権行使容認のために粉骨砕身していたことが記憶に新しいところです。こちらでは、その後の研究を反映して、軍や警察の責任についても言及しています。

 

保守派(右派)の学者としてはほかに、有馬学・九州大学名誉教授が『「国際化」の中の帝国日本』(中央公論新社)の中で、防衛大学学長を務めた猪木正道・京大名誉教授が『軍国日本の興亡』(中公新書)の中で、鳥海靖・東大名誉教授が『もう一度読む山川日本史』(山川出版社)の中で、それぞれ朝鮮人虐殺に言及しています。リベラル派・左派の学者については言うまでもないでしょう。

 

要するに歴史学の世界では、「関東大震災時に多くの朝鮮人がデマによって殺された」こと自体は、右翼とか左翼といった政治的立場を超えて、誰も疑うことのできない「常識」なのです。(殺された人の数や行政の関与の度合いについての認識は幅があるでしょうが)。

◉社会学の世界でも流言研究の常識

歴史学の世界だけではありません。朝鮮人虐殺を引き起こした当時の流言は、社会学者にとっても古典的な事例として常に意識されてきました。そのため、流言を扱った研究ではしばしば朝鮮人虐殺の史実が言及されます。つまり、社会学の世界でも「常識」なのです。

 

とくに歴史学者は、史料批判の訓練をしっかりと受けています。そして、どのような学説的主張を行うにしても、徹底した相互批判にさらされます。そうした世界の代表的なプロフェッショナルたちが、政治的立場を超えて「これは事実」と揃って認めているということは、相当な事実と研究の蓄積の成果に裏打ちされていることを意味しています。

 

ネット上で、あるいは書籍で「朝鮮人暴動はデマではなかった」「自警団の行動は虐殺ではなく正当防衛」と主張する人々は、こうした研究の蓄積を覆せるような論証を行なってはいません。

 

 

さらに深く知る

内閣府中央防災会議の専門調査会「1923関東大震災報告書第2編」を読む

内閣府中央防災会議は防災を考える内閣府の政策会議です。その中央防災会議で、今後の防災に役立てるために、有識者による関東大震災報告をまとめてあります。自民党政権下の2009年、有識者が集まってまとめられた第2編では、朝鮮人虐殺問題についてかなりのページを割いて検証しています。とくに第4章「混乱の拡大」と同章の第2節「殺傷事件の発生」を読んでみてください。

◉リンク

 日本弁護士連合会「関東大震災人権救済申立事件調査報告書」を読む

◉リンク

「大震災対策研究資料」を読む

「大震災対策研究資料」は、1962年に陸上自衛隊東部方面総監部と警視庁警備部が合同でまとめた、来るべき大震災時の治安対応についての研究資料です。このなかにも関東大震災時の朝鮮人虐殺についての言及があります。戦後日本で治安と安全保障を担ってきたこれらの機関は、当時のことをどうみているのでしょうか。

リンク(準備中)

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